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広島地方裁判所呉支部 昭和24年(ヨ)6号 判決

申請人

呉造船業労働組合

右代表者

組合長

被申請人

株式会社播磨造船所

主文

本件申請は之を却下する。

訴訟費用は申請人の負担とする。

申請の趣旨

申請代理人は、被申請人会社は申請人組合員五百四十名(別紙人名目録(一)(二)以下同じ)に対し、被申請人会社が昭和二十三年五月二十五日播磨造船所呉船渠職員組合及呉播磨ドツク労働組合との間に締結した労働協約に従い退職金その他の労働条件に不利益な取扱をしてはならない旨の裁判を求める。

事実

申請人組合の組合員は終戦以来労働者供給業者のもとに被申請人会社の呉船渠に於て各般の業務に従事していたが、昭和二十三年八月職業安定法の規定に基き、同船渠に直傭せられて従業員となり、従来の監督者は嘱託として同船渠に転入し、従前と全く同一の状態に於て従業するに至つたので申請人組合の組合員はその頃被申請人会社の従来の従業員三千七百八十六名の属する呉播磨ドツク労働組合に加入方を申込んだところ、これを拒絶せられた為、已むなく別に労働組合たる申請人組合を組織したものである。叙上のように申請人組合の組合員は曽て被申請人会社の違法行為によつて、所謂ボスの中間搾取の下にあつたとはいえ被申請人会社の他の多数従業員と同様に鉄木工、運転工、塗工、銅工、組立工、製缶工、鎔接工、又は鋲打工等として夫々同一の職種に従業しているもので、特に旧海軍工廠時代からの熟練した技術を有する者が大部分であるにも拘らず被申請人会社は、その後申請人組合の組合員に臨時雇という身分的名称を冠して特殊の隷属的な誓約書を徴する等事毎に差別的待遇をし就中昭和二十四年三月三日には西原、佐藤一外八十三名、同月四日には川上清人外十七名同月七日には木村栄太郎外八名、同月十日には熊田一政外五名、同月十五日には横山秋男、同月二十五日には岡村九平外六名この合計百五十三名(別紙人名目録(二))を夫々臨時雇という身分の故を以て差別的に解雇し、尚今後更に申請人組合を組合員の解雇を続けようとしており、而も右解雇は、被申請人会社が昭和二十三年五月二十五日前記呉播磨ドツク労働組合及播磨船渠職員組合(組合員合計約四千名)との間に締結した別紙労働協約第二十八条第六号の事業経営上已むを得ない場合に該当せず且同条但書の協議も経ていないのである。そればかりではない被申請人会社は、右解雇せられた申請人組合の組合員に対し、前記協約第四十一条所定の退職手当の支給をも拒否している。

被申請人会社の右のような行為は、労働基準法第三条に違反するは勿論労働組合法第二十三条に依り、申請人組合の組合員が本件労働協約の適用を受けることからも無効であるから、申請人組合は、その無効並に労働協約の適用あることの確認の訴を提起しようとしているが、最近の企業整備による退職手当は、退職者が転職する迄の生活資金たる性質を有する事情に鑑み、判決の確定を待つに於ては、回復し難い損害を蒙るので仮の地位を定める為、本件申請に及んだ旨陳述し、被申請人会社の主張に対し、労働基準法第三条は申請人組合の組合員のように、労働者が臨時工といふ身分的地位(即ち労働の量と質とに関係のない任意的でないもの)によつて、封建的徒弟的な差別待遇を受をるような場合を禁じたものであり、又労働組合法第二十三条に所謂同種の労働者とは、申請人組合の旧組合員が被申請人会社の従業者として、同会社の他の労働組合の組合員と何等その地位に変りのないような場合を指すものである。従つて申請人組合の組合員は被申請人会社の常傭工であるが、仮に被申請人会社主張のように、日雇臨時工であるとしても、なお本件労働協約の適用を受けるものである。その他申請人組合の主張に反する被申請人会社の主張はこれを争う旨陳述した。(疎明省略)

被申請人会社代理人は、主文第一項同趣旨の裁判を求め、その答弁として、申請人組合の主張中申請人である呉造船業労働組合が結成さていること、申請人組合主張の人達(前記人名目録記載の者)の大部分は昭和二十三年八月十一日(一部はそれ以後)から、被申請人会社が日雇臨時工として雇傭し、その内百五十一名を昭和二十四年三月二十五日迄に解雇し、更に同年四月二十日四十一名を整理し、現在雇傭継続中の者は三百四十三名(申請人主張の人員には誤がある)であること、被申請人会社と呉播磨ドツク労働組合及播磨造船呉船渠職員組合(以下両組合と略称する)との間に昭和二十三年五月二十五日申請人組合主張のような労働協約を締結し、その協約が現に有効であることはこれを認めるが、その他の主張特に(い)申請人組合員に対して差別待遇をするのは、労働基準法第三条違反であるとの主張、(ろ)申請人会社と、両組合との間に締結した前記労働協約が労働組合法第二十三条に依り、申請人組合員にも当然適用されるとの主張は、独断的な不当の解釈であつてかゝる理由に依る仮処分申請は認容せらるべきものでないからこれを争う。

抑々被申請人会社は昭和二十年十二月十五日日本政府に対する連合国最高司令官覚書AG五六一GD「呉海軍工廠再開に関する指令」及これに対する昭和二十一年二月十二日附日本政府から右指令代行者として、被申請人会社を推薦する旨の最高司令官宛書翰に基いて、右指令に表示された呉地区所在の旧日本海軍艦艇の浮揚解体、商船及武装撤去後に於ける艦艇の保存修理等の諸作業を遂行する為当時整理に当つていた呉地方復員局営業部から旧呉海軍工廠の造船部造機部所属施設を引継ぎ政府から損失補償を考慮するとの条件の下に昭和二十一年四月一日から事業を開始し爾来万難を排して事業の遂行に邁進し、右最高司令官の命令期限である昭和二十三年九月末日迄に命令作業を完遂して賞詞を受けたが、巨大艦船の浮揚その他幾多の難工事遂行の為経費が嵩んだので、併行作業である船舶の修理や沈船の引揚更生に依つてこれが補給をはかつて来たが、政府の損失補償は見込が立たないばかりでなく、本年に入つてからは、政府に於て経済九原則を実施し且ドツヂ声明に依り予算及金融緊縮の方針を採つた為、船舶公団及船舶運営会は機能の大部分を停止し又沈船引揚は資金面で不能となつたので、全国の各造船所は、外国発注の新造船に期待をかける以外に現在の機構を維持する方途なしとするに至つた、そこで被申請人会社は勿論、呉市当局及呉市民からも、その筋に対して呉船渠に新造船建造許可方を極力懇請したが、現在のところその許可を得ることは絶望の状態にある。

併し経営者としては、その設備を休眠させこれ迄労苦を共にして来た優秀な多数従業者を失業させるようなことは出来ないので経営方針を再検討して事業の永続性確立に腐心している折柄本年三月からは、受注減に依つて作業量低下し、工員を遊ばすこととなるので(疎の乙第五号参照)本工員三千八百七十八名、日雇臨時工八百六十五名中、臨時工四百一名を本年二月十四日から四月二十日迄の間二十回に亘つて解雇するの已むなきに立至つたもので、而もなお幾分の冗員はあるが、一応人員整理を打切り、雇傭を継続してゆく考えである。なお右解雇については、法定の休業補償を交付し又は適宜の予告をして、十日乃至二十八日分の賃金を予告手当として支給したのである。

申請人組合は被申請人会社が昭和二十四年三月二十五日迄に解雇した三百六十名の臨時工中、百五十二名に上る申請人組合の組合員を両組合員とは差別的に解雇したのは不当である旨主張するが、(一)申請人組合の組合員は、申請人組合の主張のように、昭和二十三年八月十一日迄は当時被申請人会社の下請負業者であつた株式会社大本組その他の者の従業者で、被申請人会社の為には社外工だつたのを偶々職業安定法が施行され、労務供給業が禁止された結果被申請人会社が直傭することとなり、同日附で日雇臨時工として雇傭し、連名の辞令を右大本組その他の下請業者の手を通じて交付し(疎の乙第一号参照)且労働条件として(い)日雇労務者であること、(ろ)賃金は下請業者から支給されていた額を下らないこと、(は)労働時間は、常傭工と同様とすること、(に)賃金は毎月二十日締切、二十八日払いとすること、(ほ)賃金は固定給五割、能率給五割とすること、(へ)休日は原則として日曜日とすること等を定め、監督者を通じてこれを周知させた上この条件で引続き労務に従事させ、又同年十月二日には、呉公共職業安定所長に対して日雇労務者登録を申請し、申請人組合の組合員は何れも同所長から就労手帳を受領しており(疎の乙第二号参照)尚申請人組合の組合規約にもその第二条には「本組合は呉地方に在住する造船業関係の労働者を以て組織する」その第二章目的事業の第五条第五号には「造船関係の日雇労働者の統一を図る事」と各明記され(疎の乙第三号参照)ているから、申請人組合は被申請人会社の臨時工だけでなく、広く呉地方造船関係の日雇労務者以て組織されていることを自ら認めているものと謂わなければならない、(二)日雇労務者と本工員とは根本的に相違がある。即ち、雇傭者が本雇工員を採用する場合と、日雇臨時工を雇う場合とは、採用条件、手続、心構等に於て大差があると同時に、被傭者側でも、何時雇止めがあるかも知れないことは十分承知であるから、将来の方針を立てて他へ転じ得る自由があるのである申請人組合の組合員が、呉播磨ドツク労働組合に加入方を申込み、拒絶されたような事実があつたとすれば、この本質の相違から来た当然の帰結であつて、労働基準法第三条の規定が斯様な場合にも適用されるとの申請人組合の主張は不当も甚しいものである。尚修繕を主体とする造船工業では、年間の作業量が一定しないので、これをカバーする為に、所謂社外工制度を採り、労務者の職種別員数を工事の実情に即して大幅に伸縮性を持たせることに依り、始めて経営が成り立つことは常識である。職業安定法の施行に伴つて社外工は直傭臨時工となつたが、本質には何等の変化なく、固より、臨時工の個々の分担作業の内容や技倆や勤務の優劣等はその本質には何等の影響をも持つものではない。従つて被申請人会社は臨時工に対して、本工員とは異なる待遇をしている即ち(イ)賃金は前記のように固定給五割、能率給五割とし、(ロ)賃金ベースは、本工員より一割程度高額とし(疎の乙第四号参照)(ハ)労務者加配主要食糧は希望により工場給食とせず現物給与としている等がそれである。(三)申請人組合は被申請人会社と両組合との間に締結した労働協約の拡大適用を受けるから、同協約第二十八条に依る解雇について組合との協議及第四十一条の退職手当の支給を実行すべきものだと主張するが不当の見解である。即ち(イ)労働組合法第二十三条は「常時使用される同種の労働者」間には組合員たると否とに依つて差別を生ぜしめることなく均衡を保たせる趣旨の規定であつて、日雇臨時工と本工員というような本質的に雇傭条件を異にするものは、仮に長期に亘る臨時工が常時使用の観念に入るとしても同種の労働者といふことは出来ない。(ロ)又右協約締結は昭和二十三年五月二十五日であつて、当時申請人組合の組合員は、下請負業者の従業者で社外工と称していたから、協約第四十七条の経営協議会に附議する事項中にも「社外工及傭船、傭車に関すること」と掲げ、尚第六十条には、「会社は争議の予告を受けた後は、社外工の使用、傭船、傭車及外註をしない」と規定したので、協約に社外工とあるのは、臨時工と読替えるものと解して来た。今回の人員整理に当つてもこの協約に依つて、昭和二十四年二月二十三日の経営協議会に附議し、両組合も事業経営上已むを得ないものと諒承賛成したのである。仮に本雇と同様にしても、交渉団体として外にない両組合と交渉の結果決定した解雇であるから、解雇が不当であるとは謂えないのみでなく、三百六十名中百五十一名は申請人組合の組合員で、他は非組合員であるから、殊更申請人組合の組合員のみを差別待遇したものではない。(ハ)退職手当についても、勿論右労働協約の適用はない。これは既述した臨時雇傭の本質から然るので被申請人会社は賃金べースを本工員より一割程度高額とし、尚今回の解雇に当つては、餞別名義で或る程度の額を支給すべく考慮中、申請人組合は広島県地方労働委員会に退職手当の支給に関する斡旋方を申請し、本年三月十七日呉労政事務所で、両当事者が斡旋人山田芳信立会の上、昨年八月以来の勤続者には一律に千六百円(中途採用者は月割とす)を支給することに妥結したが、申請人組合は、この確約を承認しないので、今日迄支給出来ない次第である。(ニ)又被申請人会社では解雇者の新就職先についても、社員を神戸市及玉野市に派遣し職業安定所と協力して、三菱、川崎、三井各造船会社に入社出来るよう斡旋する等相当の理解を以て善処しているのである。

以上の次第で本件仮処分申請は、法規の趣旨を殊更に歪曲し、自己の本質を顧みず徒に経営秩序を撹乱するものに外ならない、又既に解雇した人達は、平穏に予告手当を受取つて他に職を求めつつあり、他は解雇しないのであるから、仮処分を求める事情もない、万一斯様な申請が許容せられた場合は経営者に回復すべからざる損害を与えるものであるから、本件申請は不当である旨陳述した。(疎明省略)

理由

申請人組合主張の申請理由中、申請人組合組合(員五百四十名)が結成せられたこと、同組合の組合員の大部分は、元労務供給業者の手を経て被申請人会社の労務に従事していたところ、昭和二十三年八月施行せられた職業安定法に依り、労務供給業が禁止せられた結果被申請人会社に直傭せられたものであること、申請人組合主張の日、被申請会社と呉播磨ドツク労働組合及び播磨造船呉船渠職員組合(両組合員数は合計四千名)との間に、申請人組合主張のような労働協約の締結せられたこと、申請人組合の組合員と、右両組合の組合員との間には、作業の内容に於て区別のないこと及び被申請人会社が申請人組合主張の時期にその組合員百五十一名を日雇臨時工であると主張して、解雇する旨の意思表示をしたことは、当事者間争のないところである。然るに申請人組合は、右解雇について、被申請人会社は、申請人組合の組合員に対し、臨時雇という身分的名称を冠して、前記両組合員と区別し、本件労働協約に違反する方法に依り差別的に解雇しようとするものであるから、右は労働基準法第三条に違反し無効である旨主張するので考えて見るに、同条は憲法第十四条第一項の規定と相表裏するもので、即ち労働者が日本人であるか否かの如き、或は宗教的若くは政治的信条の如何の如き、或は又従前あつた部落出身者といつたような社会的身分の如何の如き、直接労働に関係のない条件を理由として、賃金労働時間その他の労働条件に差別的待遇をしてはならないことを規定したもので、労働者に対しては、総ての場合全く一律に取扱わなければならぬという趣旨の規定ではなく、従つて右のような諸点に関係なく、直接労働そのものについて各締結した雇傭契約の内容に差異のある場合、夫々その内容に応じて労働条件に差異の生ずるのは已むを得ないことであるから、申請人組合の右主張は失当である。

次に申請人組合は、その組合員は被申請人会社の常傭工であるが、仮に日雇臨時工であるとしても、労働組合法第二十三条に依り本件労働協約の適用を受くべきものであるから、これに違反する解雇は無効である旨主張するので、先ず右規定の趣旨を考えて見るに同条は、同一の工場事業場に常時使用される同種の労働者の中に、一の労働組合に加入しているものと、他の労働組合に加入し又は全然労働組合に加入していないものとがある場合、使用者と、一の労働組合との間に、労働協約が締結せられたときはその組合の組合員と使用者とが、当該労働協約所定の労働条件その他労働者の待遇に関する基準に拘束せられるのは勿論であるが労働協約を締結していない他の労働組合の組合員又は非組合員と使用者とは、当然に右協約所定の基準に拘束せられるものではないから同協約所定の基準以下の労働条件をも取極め得る訳であるが、かくては、一の工場事業場に於て、均しく常時使用される同種の労働者間に二以上の労働条件が同時に適用されることとなり、同種の労働者については最低労働条件を統一的に規整しようとする労働協約本来の目的が達成せられないばかりでなく、労働協約を締結しない労働者は、労働協約所定の基準以下の労働条件に於て労働するというような不利益な立場に置かれることになるので、かかる不公平を是正し、労働条件の上に於ける秩序を維持し、労働協約を締結していない労働者を保護すると共に同種の労働者間に、二以上の労働条件が同時に適用せられることから生ずる諸種の紛議を防止する為に、同事業場に於て常時使用される同種の労働者の四分の三以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至つたときは何等の手続をも要せず、当然に常時使用される他の同種労働者にも当該労働協約が適用されることを規定したもので、そのことは、若しそうでないとするならば、極めて短期間雇入れた日雇労働者と雖も、苟くも雇傭契約が成立した以上、忽ち労働協約の適用を受けて常傭工と何等区別のない権利を取得するというような不合理の結果を生ずることから見ても明白である。故に、日雇臨時工と雖も、当然に使用者と常傭工との間に締結された労働協約の適用を受くべきものであると主張する。申請人組合の見解は採用することを得ない。そこで、申請人組合の組合員は常傭工であるか否かについて考えて見るに、申請人組合の組合員の大部分は、前示のような径路により、昭和二十三年八月から被申請人会社に雇われその後内百五十一名の同組合員は、被申請人会社から、昭和二十四年三月二十五日迄に解雇の意思表示を受け、爾余の同組合員は、引続き今日に至る迄被申請人会社に於て労務に従事していることは、前示のように当事者間争のないところであるが、唯右の期間申請人組合員が被申請人会社で労務に従事したというだけでは、未だ客観的に観てこれを常傭工であるとは認定しがたく又申請人組合の組合員が当初から常傭工として被申請人会社に雇われたという事実を認め得る疎明のないのは勿論(臨時工という名称を附していたことは、申請人組合の自ら主張するところである)当初日雇臨時工であつたものが、その後明示若しくは黙示の意思表示によつて、常傭工に変つたというような事実を認め得る疎明もないので、結局申請人組合の組合員が常傭工であるという事実はこれを認め得る疎明がないことになる。果して、然らば申請人組合の本件仮処分申請は、基本たる権利が存在しないか又はその存在を認め得る疎明がないことに帰するから、他の点について判断する迄もなく、本件申請は理由がないものとしてこれを却下すべきものとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

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